2013年9月27日 星期五

2010.06.14 上海、玉三郎先生的楊貴妃

上海、玉三郎さんの楊貴妃

2010.06.14

谷村新司

 


上海の最後の1日は、万博の日本館を中国の皆さんに紹介する番組に特別出演してきました! そして夕方から蘭心大劇院で行われた、日中合同公演、京劇と能、そして歌舞伎の3つの芸能が楊貴妃と言う1つのテーマでの公演でした。
 会場にはたくさんの中国人の人たちが詰め掛けていて凄い盛り上がりでした! 玉三郎さんの国境を越えた芸に対する純粋な思いが詰まった素晴らしい舞台でした。 10月には日本での公演もあるとの事,是非一度ご覧頂きたいと思います。

回も、とても充実した上海でした、、明日、元気な笑顔で日本へ戻ります(笑顔)

 
中文來源:tanimuracn.com發佈者: yarn

 
在上海的最後一天,出演了向中國的諸位介紹萬博日本館的特別節目! 晚上開始去蘭心大劇院觀看日中聯合公演、京劇和能樂、包括歌舞伎在內的三個表演都是以楊貴妃為同一個主題。

會場裏湧進來很多的中國人,顯得特別的熱烈!!玉三郎先生跨越國界的、單純的藝術理念充盈在這個極其精彩的舞臺上。10月在日本也會公演,我想一定是要去再看一次的。

  這次的上海之行非常的充實,明天要帶著美好的笑容返回日本了(笑顔)

 

2010.06.13 上海來信Ⅱ

上海便りⅡ
 

      
2010.06.13 
谷村新司
 

今日無事にジャパンデイのオープニングセレモニーが熱く厳かに終了しました! 鳩山前総理ご夫妻を迎えて中国の要人の皆さんもたくさん出席されていました。 繋がるココロを未来へ、、、HAND IN HAND to futureと大きく映し出されたステージのLEDの文字、、、1980年にアリスとして我々がメッセージしていたあの心が2010年の上海に30年の時を超えて繋がっていたことに感動していました! 
 ステージは日本の文化を中国の人たちに知ってもらおう! がテーマで日本の古典芸能や里山の紹介、朱鷺に情熱をかけてこられた方の物語、そして未来の子供達に繋ぐ地球との共存、そして歌で伝えるココロのメッセージ、、、、内容は盛り沢山で贅沢なオープニングセレモニーでした。
 谷村は(花)と(昴)の2曲を歌わせていただきました! 花と子供達の笑顔そして星の海、、、とても美しく感動的なステージでした(笑顔) 徹夜で舞台の準備をしてくれたNHKのスタッフの皆さん、そしてサポートしてくれた上海メディアグループ(SMG)の皆さんの頑張りに感謝です!!
 明日はSMGの皆さんへの恩返しで日本館の特別紹介番組のレポートをする為にもう一度万博会場へ向かいます。  そして夜には上海(藍心劇場)での坂東玉三郎さんの特別公演を拝見しに行くつもりです、海を越えて中国の文化と真剣に向き合っていらっしゃるその心意気を応援しに行ってきます(笑顔)

中文來源:tanimuracn.com發佈者: yarn
今天日本館日的開幕式熱烈而莊嚴的結束了!很多迎接鳩山前総理夫妻的中國要人們也出席了。將心與未來聯繫在一起、、、舞臺的LED上投射出“HAND IN HAND to futur”的大大文字、、、相同的資訊在1980ALICE來中國時也展示過,如今隔了30年又將2010年的上海重新聯繫在了一起,真是感動!
舞臺表演讓中國人們知道了日本的文化!主題是日本的古典芸能、裏山的介紹、人們對於朱鷺滿腔熱情的故事、還有未來的孩子們與地球的共存、用歌傳遞心的消息、、、、真是一個內容非常豐盛的開幕式。 

谷村我唱了這兩首歌! 花和孩子們的笑容彙集成了星的海洋、、、非常美麗感動的舞臺呀(笑顔) 感謝諸位NHK的職員通宵搭建了這個舞臺、還有感謝上海媒體組(SMG)諸位的努力支持!! 
 
明天為了對SMG的諸位報恩,,將再去一次萬博會場參加日本館的特別介紹節目。 然後晚上打算去拜訪阪東玉三郎先生在上海(藍心劇場)的特別公演(笑顔)






 

2010.06.12 抵達上海 日本日

上海到着ジャパンデイ!

 

· 2010.06.12
谷村新司



 


上海万博の開幕式以来、久しぶりの上海の街はかなり賑わっていて外国人の顔がどのホテルでも目立っているようです。 夕食をしたレストランでは中国の若者達に写真をせがまれて一緒に記念撮影、その後の珈琲を飲みにいったお店でも中国の人たちがみんな声をかけてくれ、開幕式の影響の凄さに驚いています! あの日以来中国の人たちがみんなとても好意的に接してくれていて感謝です。 明日のジャパンデイのオープニングが行われる世博中心大ホールにもきっとたくさんの中国の人たちが来てくれることでしょう、ココロを込めて歌ってきます(笑顔)
 

明日は朝7時に起きてホールに出発し、一日かけてリハーサルと本番です。 日本を代表して中国の皆さんが日本に興味を持っていただけるように笑顔で頑張ってきます! 明日は上海音楽学院の卒業生から5人の谷村クラスの生徒も番組に参加してくれます、彼らとの再会も楽しんできます! 毎日が一期一会、日々ココロを込めて感謝の笑顔で過ごしたいと思っています。 又上海便りを書き込みしますね! おやすみなさい!

 

中文來源:tanimuracn.com發佈者: yarn

自上海萬博開幕式以來,好久不見的上海街道也變得擁擠起來,每個賓館都可以看到很顯眼的外國人。在晚餐時,很多中國的年輕人紛紛要求一起合影留念、此後在喝咖啡時,店裏所有的中國人都和我打招呼、開幕式的影響力真是大的令人吃驚! 對從那天以來中國人民非常友好的接觸表示感謝。 明天日本開放日一定會有很多中國人來到世博中心大廳吧、我會用心去唱(笑顔)

  明天早上7點出發去大廳、一日之內既有彩排也有正式演出。明天上海音樂學院谷村班的5名畢業生將參加演出、彼此又能再一次相會了! 毎天一期一會、我想每天都是帶著真心的、感謝的笑容渡過。  又是一封上海來的信! 晚安!

 

 


 


 

2010.06.09 宮古島、満天星 !

宮古島、満天の星!

2010.06.09
谷村新司

 
宮古島での初めてのハミングコンサートが終了しました。 離島からも駆けつけてくださった方達も含めて満員になった(マティダ市民劇場)は最後に一気に爆発しました(笑顔) 今日1日にして日焼けしたバンドメンバー達も穏やかな島の空気とテンポにすっかり溶けこんで楽しそうに演奏していました。 石垣島から友達が来てくれたり、感動的な夕陽をみんなで眺めたりしながら、8時開演と言う島時間を楽しんでいました! 

そして夜11時にコンサートが無事に終了して、ホテルに向かう車の窓越しに満天の360度のプラネタリウムの様な圧倒的な星達の輝きに感動していました。 今日出会えたすべての人達に感謝しつつ、、今夜はしばらく星を眺めていようと思います!

中文來源:tanimuracn.com發佈者: yarn


在宮古島的初次哼唱會已經結束了。包括從離島趕來的人們在最後一股作氣的爆發令マティダ市民劇場"滿員了(笑顔) 今天被太陽曬了一天的樂隊成員們在島上平靜的氣氛下合著節拍,心情舒暢的融入了樂曲的演奏中。朋友們從石垣島趕來、大傢夥一邊眺望著令人感動的夕陽、一邊享受著島上8點開始的演出! 


夜裏11點哼唱會平安結束了。在回旅店的途中,透過車窗望去,滿天星輝仿似360度的天象儀那般傾灑而至,真是感動。 要對今天相會的所有人們表示感謝、、今夜打算好好眺望一下星辰

 


2010.06.06 沖縄大感動!!

沖縄は大感動!!


2010.06.06

谷村新司




今日、ハミングコンサートが沖縄コンベンションセンターで終了しました! アリスの時と変わらず3000人を超える皆さんが会場を埋め尽くしてくれていました! 前日に事務局に手紙をくれた屋比良昂君からの手紙に応えて南星中学校を訪れて180人の生徒諸君にも会ってきました、そして彼らをライブに招待しました。 みんな大興奮したようで、会場ではみんな立ち上がって大きな声で歌ってくれていて感激しました(笑顔) 
沖縄には中国や台湾からもたくさんの方達が見に来てくださっていたようで感謝です! 地元で応援してくれたスタッフ達もみんな感動で涙を流しながらステージを見ていてくれました。 ココロの学校のスピリットそのままのハミングコンサートでした! 
さあ、、いよいよ明後日は初めての宮古島でのコンサートです、噂では離島からもたくさんの方達が来て下さるようで、ライブ終了時間まで帰りのフェリーが待ってくれるそうです! たくさんの方達の(熱い思いやり)に感動、、、ただひたすら感謝です!

中文來源:tanimuracn.com    發佈者: yarn

今天,哼唱會在沖縄會議大廳結束了! 與アリス演出時一樣,超過3000人的諸位將會場擠得滿滿的! 針對前一天事務局收到的來自屋比良昂君來信的響應,這次邀請了南星中學校的180名學生來參加演唱會。大家好像都很興奮,感謝諸位在會場上全體起立大聲歌唱(笑顔)。
好像有很多人從臺灣和中國來到沖縄觀看演唱會,感謝! 在當地支援的工作人員都被感動到了,一邊流著眼淚,一邊凝視著舞臺。 這是一台有著心之學校精神的哼唱會!

  後天將是第一次在宮古島舉辦演唱會,聽說好像有很多人要從離島趕來參加、據說演出結束時需要乘輪渡才能返回。 真是被太多的人所感動、、、在此只有一個勁兒的感謝了!

 



 

2010.05.31 一期一會の歌

一期一會の歌
 

2010.05.31

谷村新司



二度と戻らない瞬間にココロを込めて歌を屆ける旅、ハミングコンサートツアーが始まる山梨県民ホールに向かいます! 明日から始まるステージの一曲づつが貴方の笑顔に繋がるように、願いをこめてみんなで心を合わせて臨みます!  裏方達とスタッフ達はもう現地に入ってステージ作りに突入しています、連絡をくれた現地スタッフからは刻と報告が屆いています。 久しぶりの胸の高鳴りです(笑顔)  

明日コンサートが始まったら1曲目から一気にエンジン全開です、悔いのないように一緒に爆発しましょうね(笑顔)!!  東京は靜かで少し寒い夜です、明日の出會いを作ってくれたすべての人たちに感謝を込めて最高の笑顔でステージに上がります、、。

中文來源:tanimuracn.com
  

在這一生一度的瞬間中用心傳遞歌聲的旅程即將開始,巡迴演唱會將在山梨縣民劇場拉開序幕。我希望從明天開始,在臺上每一首歌都能讓你現出笑容,讓大家心和心相連。舉辦者和幕後人員已經開始了舞臺的搭建工作,從現場的工作人員也時刻向我報告工程的進度。已經很久沒有這樣讓我這樣激動欣喜了(笑)。

明天從開場第一首歌開始就要一鼓作氣,拿出100%的力氣來,要不留遺憾的和大家一起HIGH!(笑) 現在東京是安靜微涼的夜晚,為了向所有能夠讓我們我們明天的相聚貢獻力量的人們致謝,我將會在舞臺上展現最真摯的笑容。

2010.05.14 ありがとう謝謝Thank you

ありがとう謝謝Thank you!

 2010.05.14

  谷村新司


毎日たくさんのアクセスをアリガトウ! 中国、香港、台湾からの沢山の熱いメッセージに谷村もスタッフ一同も感動している毎日です。 

一曲の歌が国や民族を超えて、それぞれの人のココロに響いていく事を実感しながら、自分の役目を改めてかみ締めています。

 我々は間もなく(ハミングコンサート)のリハーサルも始めます! そしてココロの学校のキャラバンも同時にまだまだ続いています(笑顔) これは忙しくて大変な事、、ではなく!とても幸せなことなのです、スタッフや裏方達もそのことを良く感じてくれていますから、目まぐるしい時間の中ででもいつも笑い声と笑顔がチームの周りに絶える事はありません(笑顔) みんなで楽しみながらリハーサルをして、そのままのあったかな気分のままコンサート会場に来てくれるみんなと笑顔と歌声を重ねたいと思っています!全国の皆さん是非ハミングコンサートで逢いに来てくださいね! 

 また、6月には上海万博の日本ウィークの応援にも行く予定です、中国の皆さんとはまた日本館でお会いできるといいですね(笑顔) さあ、もうすぐ鎌倉芸術館でのココロの学校です、来てくださる皆さん! 飛び切りの笑顔で逢いましょうね!

中文來源:tanimuracn.com/發佈者: yarn
   
感謝每天的眾多來訪!村本人及工作人員每天都體驗著來自中國、香港、臺灣的大量熱情洋溢留言帶來的感動中。
   
邊體會一首歌可以超越國家、民族而在每個人心中喚起共鳴,一邊重新深思自己的作用。
我們哼唱音樂會的彩排即將開始。同時心靈學校隊商活動還將繼續下去(笑容) 這可是又忙又辛苦的事……否!因為是非常幸福的事,周圍工作人員以及後援人員也都有這樣的感覺,所以,雖然忙得不可開交眼花繚亂,但身邊總是笑聲不斷,彼此笑容相對。……大家心懷期待,等待與參加音樂會的來賓一起將笑容與歌聲重疊在一起的時刻……全國的朋友們,請大家一定前來參加哼唱音樂會,讓我們會場見!

另外,還計劃 6月去上海世博應援日本周,屆時,若能再與中國朋友相見于日本館的話就好了(笑臉)。好了,馬上就輪到鐮倉藝術館心靈學校了,前來出席的朋友們,讓我們以最美的笑容相逢!

谷村新司 大人の歌ネット

 


「大人の歌ネット」にチンペイさんへのロングインタビューが掲載されています。
今から過去の時代までかなり深く掘り下げたインタビューになっています。
こちらからどうぞ・・・
http:// www.uta -net.co m/user/ otona/o tona_in terview /1109ta nimura1 .html
http:// www.uta -net.co m/user/ otona/o tona_in terview /1109ta nimura2 .html





Q)アリスから40周年、ソロ活動を開始して30周年となりますが、今回のアルバム「今 伝えたい」は、200名のお客さんをライブハウスに招待しての公開ライブレコーディングという形で録音されましたが…?
え~、「ライブレコーディング」ではなくて、「レコーディングライブ」なんです。「ライブレコーディング」はみんなやってますけど、今回、「ライブを録音するのではなく」「レコーディングをライブ狀態で」行ったんです。レコーディングをしている空気の中にお客さんがいる、という狀態で録りたかったんです。
Q)どうして、そうしようと思われたのですか?
お客さんの空気感ごと、音に乗せたかったんです。普通のレコーディングだと、ブースの中で一人で歌うことが多いんですけど、そうではなくて、みんなの空気の中で歌って、それを録りたかったんです。歌う人って、実は、一人で歌っている時とか、リハーサルで聲を出している時と、本番の聲とでは、実は全く違うんですよ。聴いている人の想いが聲にのっかるからなんです。それを僕らは「聲魂(こえだま)」と言ってるんですけど、聲魂ごと録音したかったんです。
Q)やりなおしのきかない一発勝負ですから、體調管理とか大変だったのでしゃないですか?
いえいえ、全然、大丈夫ですよ。人それぞれだと思うんですけど、僕は一切ナーバスにはならないですね。お酒も飲む時は、平気でのむしね(笑)。
Q)レコーディングは、アルバムに収録されている曲順どおりに録音されたそうですが、録り直しとかされたりしたのですか?
1曲だけ、イントロで止めて、「もう1回やろう!」って最初から録り直した曲がありましたけど、あとは全曲、1回で録ってます。3時間半で13曲、録りました。
Q)すごいですね。ミュージシャンの方も、「ミスしちゃいけない」とプレッシャーがかかったでしょうね?
そう。とくに録り直した曲なんかは、餘計にプレッシャーがかかりますよね(笑)。でも、そのプレッシャーの中で一番いい音を出せるのがプロの世界ですからね。レコーディングでいい音を出せるっていうのは、実は當たり前のことで、ライブの本番の空気の中で、いかにクオリティの高い音を出せるかっていうのが、ミュージシャンたちにとっては一番プレッシャーでしょうね。とくに、今回は、誰かが1音まちがえただけで、止まっちゃいますからね(笑)。
Q)たしかに、全ての音が太くて立っていて、あたたか味があり、奧行き感もあって、今の時代では新鮮にさえ聴こえる、とてもいい音で録音されている気がしました。
音は、かなりアナログに近いんです。デジタルで録っているんだけど、出てきてる音はアナログの音をしてるんですよね。レコード針を落とした時に、最初にノイズが出て、そのあとに「ボン」と音がでてくる、その空気感に近いんですよ。

Q)いや、本當に、黙って聴かされたら、誰も1回で録っているなんて思わないですよ。
そうだと思います。でも、みんなプロだから、プロとしていい演奏だけを聴かせるのではなくて、テンションの高まりとか、そういうのも取り込みたいと思ってたんです。
Q)そうですね、11曲目の「浪漫鉄道 <蹉跌篇>」などは、まさに、コンサートの終盤に聴きたいような曲で、谷村さんのボーカルも、まさにコンサート終盤の高まりのようなものもあって、感動的な感じになっています。
そうだと思いますよ。だから、コンサートで後半にヒートアップしてゆくという流れ、そのままに録りたかったんです。今のスタジオレコーディングでは出ない感じで録れていると思いますよ。
Q)本當に、あとからスタジオでなおしたり、楽器を差し替えたり、オーバーダビングで足したりとかはしていないのですか?
一切、していないですよ。ミックスダウンでの処理はしていますが、まさに正真正銘の一発録りですよ。だから、ライブも、このクオリティでやってることになるんです。
Q)普段からも、レコーディングでボーカルを直したりはしないんですか?
僕は、そういうことは、一切やりませんね。今は、ボーカルのピッチ(音程)も、機械的に直せますけど、ピッチをさわりすぎたり、ブレスを削ってしまったりして不自然になったりしますよね。最近は、レコーディングではよくても、ライブでは、あまり歌えないって人もいますからね(笑)。もう、延とピッチをあげたり下げたりしている人もいて、「歌いなおした方が早いでしょ!」って思いますね。
Q)そうですね。音程もリズムも、必ずしも全てジャストで正確なのが気持ちいいとは限らないですね。
そうなんです。人間は、微妙なところというのが、実はすごく気持ちよかったりするんですよ。だから、ジャストピッチより上めに入ると気持悪いんですけど、ちょっと下めは大丈夫なんです。むしろ、その方が聴いていて心地いいこともあるんです。
Q)CD付屬のドキュメントDVDを見ていると、1曲やったあとにプレイバックをして聴きなおしたりはしていないようですが、そのテイクがOKかどうかのジャッジは、ご自身でされなくて大丈夫だったのですか?
イヤモニ(※)で聴いているので、自分の歌は、歌っている最中にOKかどうかはわかっているので、大丈夫なんです。自分の中で「さっきのところのピッチどうかなぁ」と思うことがあっても、微妙な音程とかって、演奏の中に入っていって混じってしまうと、マスキングされて問題なくつながるんですよね。僕の方は、ピッチをしっかりとれるように、どちらかと言うと、イヤモニでは演奏と混じらないようにしているので、1曲演奏が終わるごとに、ミックスされた音を聴いているディレクターに「今のどう?」って目で聞いて、OKって出されれば、それでOKなんです。ディレクターも、僕がどこの箇所を聞いているのかもわかっていますからね。
(※筆者注)イヤーモニター、コンサートでのモニター用イヤフォーンのこと。

Q)新曲が4曲、新録音曲が1曲、そして、ほかの8曲はソロ活動30年を振り返って選曲されたと思うのですが、どういう基準で選曲はされたのですか?
30年前と言うと1981年で、ちょうどアリスが活動停止した年なんですけど、北京で初めてコンサートもやって、アジアに向かって出ていこうとしていた頃でもあって、その前後の作品を取り上げたんです。アジアに出ていこうと思った時に、どんな気持ちだったのかというのを、もう1回やってみたかったんです。やってみて、今も、実は変わらない想いでいることを確認できましたね。そういうことで、アジアのアーティストがこれまでにカバーしてくれた曲も選びました。
Q)レオン・ライさんが歌った「最後のI LOVE YOU」、レスリー・チャンさんが歌った「儚きは」、それと、ジャッキー・チュンさんが歌われた「浪漫鉄道<蹉跌篇>」ですね。
そうです。実は、アジアでは大ブレイクしていて、アジアではみんな歌える歌なのに、日本の人は知らないんですよね(笑)。だから、アジアでは、広東語のバージョンとかがオリジナルだと思っている人も多いですよ。でも、知っている人は知っていて、僕のCDやカセットを持っていたりするみたいですね。それで、その頃に青春時代を過ごした人たちが、今、世界中のチャイナタウンにちらばっていて、ロンドンでも、サンフランシスコでも、チャイナタウンを歩いていると聲をかけられますよ。ビールをおごってくれたりもしてね(笑)。
Q)それと、1981年に韓國のチョー・ヨンピルさん、香港のアラン・タムさんとはじめられたイベント「パックス ムジカ」でチョー・ヨンピルさんが歌っていた「チングヨ」は、谷村さんとしては、今回、初レコーディングになるのですか?
そうそう、僕は歌ってなかった。別に、とくに深い意味はないんですけどね。あれは、ヨンピルが、日本語でレコーディングをしたいってことで僕が詞を書いて、それで、ヨンピルの歌としてヨンピルが出していたので、あえて僕が出さなくてもいいかなぁって思ってたんです。今回、あらためて、ギター1本でやってみるのもいいかなぁって思って入れました。
Q)選曲でもれた曲もあると思いますが、教えてもらえますか?
いや、それは言わない方がいいですよ(笑)。それはまた、つぎのお楽しみに。だって、「ああ、そっちの方が良かったのに!」って思う人もいるでしょうから(笑)。「今回はコレです!」ってことです。
Q)新曲の4曲、「 伝えたい」「コスモポリタン」「スキタイの歌」「」は、最近作られた曲ですか?
勿論です。どれも今回のために作りました。「作り置き」って基本的にしないんですよ。結構、いっぱいできちゃうんで、ピックアップされないで、自然狀態で殘っている曲も5060曲ありますけど、今回は、4曲とも想いもこめて新しく作りました。3~4日こもっていると、だいたい、10曲くらい作ってしまっていて、驚かれますけどね(笑)。
Q)1曲目でアルバムタイトルにもなっている「 伝えたい」では、「辛さは幸せの 一歩前のこと」という印象的な歌詞がありますが、これは、谷村さんがいただいた手紙がきっかけになったと聞きましたが?
そうです。厚生施設にいる男の子がくれた手紙の中に「辛いという字は 幸せの一歩手前」という言葉があったんです。そう言われれば、「辛い」という字に1本足せば「幸せ」になるんだなぁって教えてもらったんです。それをベースにして「よし、これで歌をつくろう!」と思って作った歌なんです。
Q)同じように、「儚きは」では、「人が夢を見ると書けば 儚いという字に」という歌詞があって、その言葉がとても印象的に耳に殘る曲ですね。
とくに、中國の人が好きな歌ですよ。中國系の人には琴線に觸れるメロディなんですよ。
Q)たしかに、そんな感じがします。たとえば、今回のアルバムの最後にも「2011ver」として収録された「」が、中國で広く受け入れられていることに通じるものがあるように思いますね。
そうですね…どう言うんだろうね…、「昴」の場合、中國で受け入れられているというよりは、もう、自分の歌、中國の歌だとみんな思っているんですよね(笑)。だから、今の若い子なんかは、「昴」を日本人が作ったということを知らないんですよ。それで、この間、上海萬博の時に歌ったんですけど、その時に、「この歌は日本人のこの人が作ったということがわかった!」っていう若い子のインターネットへの書き込みが、膨大な數ありましたよ(笑)。
Q)「昴」は、なぜあれほどまでに中國で人気になったと、ご自身では思われますか?
大陸の人たちの琴線に觸れるメロディがあるんだと思いますよ。それは、わかっています。
Q)最初、作られた時からそう思っていらっしゃったのですか?
最初から「このメロディは、みんなの心の琴線に觸れるだろうなぁ」って、思っていました。実は、あの曲は、黒鍵だけで作っているんです。音楽的なことになりますけど、「ヨナ抜き音階」(※)で出來ているんです。その音階のメロディは、大陸の人たちと日本人にとっては、血が震えるんですよ。西洋のポップスにはない、獨特の空気感があるんです。コードはメジャーコードから入って行くんですけど、どこか旨がキュンとする感じがあるんです。その「ヨナ抜き音階」で作るって、最初から決めていたんです。
(※筆者注)「ヨナ抜き音階」(四七抜き音階)とは、「ドレミソラド」の5音でできた音階のこと。「ドレミファソラシド」のうち、4番目のファと7番目のシの音を抜いた5音階。ちなみに「北國の春」もこの音階で出來ている。
Q)7曲目の「いい日旅立ち」では、お客さん全員と合唱されていますね。
そうです。その前の6曲目までは、靜かにしていてもらわないといけないので、お客さんは、拍手や手拍子どころか、咳もクシャミもできないで、とにかく靜かにじーっと耐えてもらっていたんです(笑)。それまで、ひたすら音を聴いていてもらっていたので、「ここで一緒に聲を出そう!」ってことにしたんです。
Q)CDには入っていませんが、DVDの方では、ボーナストラックで「チャンピオン」が収録されていますが…。
あれは、本編のCDレコーディングが終わったあと、アンコールとしてやったんですが、お客さんも、もう今まで溜まっていたものが爆発した感じでしたね(笑)。

Q) アルバムの新曲の中でも特徴的なのは「スキタイの歌」だと思いますが、ドキュメントDVDの中で、「空に導かれて『』ができて、海に誘われて『群青』ができて、大陸に誘われて『スキタイの歌』ができた…」とおっしゃっていますが、ケルティック風でもありモンゴル風でもあり、一言でどこ風とは言えないメロディのこの曲は、どのように出來たのですか?
このメロディって、アジア圏の人はみんな反応すると思いますよ。これはユーラシアのメロディなんですね。ケルティックは西の端なんだけど、その匂いから日本までのユーラシアを全部またいでいるんです。ヨーロッパに行くとジプシーって呼ばれるような、風のようにユーラシアを動いていた人たちのイメージなんですよね。
Q) そうですね。歌詞にはケルトからガリア、ペルシャが出てきて、いずれも「母はヤマトのサクラの花に」と歌われています。
実は、それには、とても深い意味があるんですよ。興味のある方は、歌詞の中にカタカナで出てきている言葉を調べると思うんです。そうすると、「なんで母方が全部ヤマトになっているか」という理由がわかると思うんですが…。
Q) 調べたんですけど、わからなかったんですが…。
民族って、実は単一民族っていないんですよね。だから、僕らが今、日本人と言っているのも、実はいろんな血が混じっているんです。それで、母方が全部ヤマトになっている理由は、日本の歴史を調べ始めると、きっと気付くと思いますよ。僕らが習ったように、日本は決して新しい國ではないですよってことがね。
Q) 同じく、新曲の「」ですが、この歌は、「縦糸(経糸)」「橫糸(緯糸)」といった言葉の使い方など、歌詞が実に緻密に構築されていて、とても考え抜かれている感じがしますが、歌詞は、どういう風につくられるのですか?
「いつぐらいから書こう」って休みをとるじゃないですか。そうすると、だいたいそこに合わせて出てくるようになっているんです。「ああ、今書くことはコレ」っていう風にね。それに素直に書いていますね。
Q) 以前、「日記のように詞を書いています」ということを聞いたことがあるのですが…。
そうです。今感じていることをそのまま書いているので、「詞は日記だな」って思うんです。だから、昔の詞を読みかえしてみると、「あの時はこんなことを思っていたんだなぁ…」ってわかるんです。
Q) 歌詞は、書き始めて、すぐに出來るのですか?
僕はすぐです。全部すぐです。
Q) だいたい、どのくらいの時間ですか?
だいたい、1時間半くらいかな。
Q) そんなにすぐに出來るんですか! それは、今まで作られた曲、全てそうだったのですか?
そうです。だから、ギター弾きながら歌って録音するまで込みで、1曲3時間くらいですね。だから、原曲は1時間くらいですね。
Q) そもそも、「詞先(※)」で作られるのですか?
僕は同時なんです。一般の人が「詞先」とか「曲先」とか言いますけど、それは、作詞家とか作曲家の人たちの世界なんです。「詞を書くけどメロディ作れない」とか「メロディ作れるけど詞が書けない」とかいう人は、「詞先」とか「曲先」とかっていう発想が出てくるんです。でも、僕の場合は、全部ひとりなんで同時なんです。
(※筆者注)「詞先(しせん)」とは、「歌詞先行」の略。歌を作る時に、歌詞をメロディより先に作ること。
Q) それは珍しいですね! そんな方は、ほとんどいらっしゃらないと思います。
そうなんです。「詞とメロディを同時に作る」って想像つかないみたいなんです。みんな、「詞があってメロディをつける」とか、「メロディがあって詞をつける」とか、「ベースがあって、それに付ける」って発想しかしないですからね。だから、「詞とメロディが同時に鳴る」って言うと、なかなか理解してもらえないですね。あんまり、みんなに當てはまる話じゃないようですね…。
Q) それは、昔から、最初に曲をつくり始めた頃からそうなんですか?
昔からそうです。ただ、アリスの頃、べーやん(堀內孝雄)と作ってた時は、べーやんが詞がないと書けないって言うから、僕が先に詞を書いてたんですよ。あとは、いろんなバリエーション、なんでもやりますけどね。たとえば、メロディがあって、これに詞をお願いしますって言われれば、それもやります。
Q) もともと、詞と曲が同時に出てくるということは、たとえば、そのアリス時代、べーやんに渡していた歌詞にも、なんとなくメロディのイメージとかお持ちだったんじゃないですか?
それはないんです。そういうつもりで書いている時には、メロディは鳴らないんです。というか、鳴らないようにしていますね。それは、べーやんの世界のことですから。でも、自分の曲で、両方にやる時には、同時に一斉に鳴ります。
Q) あとから詞をなおすということもないんですか?
ないんです。なおした詞は、必ずよくないんです。
Q) ということは、なおされたこともあるんですね?
「こっちにしよう」と思って変えても、歌ってると「ああ、やっぱり違ったんだ」と思ったことは、幾度か経験ありますね。だから、もう、それ以來、一切さわらないです。
Q) ということは、本當に、一発勝負で詞と曲が出來てしまうんですね?
だから!同時なんです!(笑)。でも、そういう人はあんまりいないんですよね。「詞先」とか「曲先」とかいうところとは、僕は全く違う世界にいるのかもしれないですね。僕の場合には、曲作りは「出てくるものを書きとめる作業」なんですよ。


Q) 子供の頃は、どんな音楽を聴いていらっしゃったのですか?
邦楽です。長唄、清元、常磐津ですね。
Q) それって…本當の純邦楽ですね…。それは、お母様やお姉さまが三味線や長唄などやられていた影響ですか?
そうですね。だから、聴きたくて聴いていたわけじゃなくて、ず~っと流れていたんです(笑)。
Q) これが好きだと、初めて意識されたアーティストは誰ですか?
やっぱり、PPMがすごく心地よかったですね。
Q) そもそもギターを始めたきっかけは、小林旭さんだと聞いたことがありますが?
ああ、それは、もっと小さい頃ですね。中學生の頃かな。「楽器を持つとモテるんじゃないか…」って思わせてくれたのが、小林旭さんの「渡り鳥シリーズ」でしたね(笑)。やるんだったら、ギターやりたいなって思っていましたね。
Q) 最初にギターで弾いた曲は何でしたか?
「禁じられた遊び」を練習していましたね(笑)。あのころって、ギター持ったら「禁じられた遊び」でしたからね(笑)。
Q) 歌ものだと何だったのでしょう?
なんだっただろうね~。やっぱり、アメリカンフォークだったかな。「500マイル」だとか「花はどこへ行った」とか、ああいうスタンダードのフォークミュージックでしたね。
Q) 最初に曲を書き始めたのはいつ頃だったのですか?
高校1年くらいですかね。自然に書き始めていましたね。
Q) その時の曲は、殘っているんですか?
殘ってないですね。ところどころは覚えていますけど。
Q) アリスの初期のころ、たとえば、アルバム「セカンドライブ」には、ビージーズやサイモンとガーファンクルなど、カバー曲もたくさん入っていますが、その頃は、どんな音楽を聴いていらっしゃったのですか?
いやぁ~、その頃は、とにかくなんでも聴いていましたよ。
Q) その「セカンドライブ」には、クールファイブの「噂の女」まで入っていますね。
モノマネやってましたからね(笑)。関西の土壌って、カッコつけているだけがライブじゃなくて、「どんだけ楽しいか」ってことも大事で、みんなが喜んでくれるんで、ホントいろんなことしてましたね(笑)。
Q)ファンは、それぞれにアリス時代の好きな曲があるかと思いますが、谷村さんご自身がとくに気に入っている曲とか、思い入れの深い曲はありますか?
それはないですね。そういう発想が全くないんです。全部、自分たちの子供なわけで、「長男がいい」とか「三男がいい」とか、そういう比べ方はしないですね。1曲1曲、全て顔も違うし性格も違うしね。

Q)歌詞を書く時に気を付けていることって何かありますか?
とくにないですね。ただ、一番高い音符に當たるところに、「うの音」「う、く、す、つ、ぬ」の音は使わないですね。それらは喉が絞まる音なので、キツイ高い音にはぶつけないですね。後歌うシンガーの方に対する、心遣いです。
Q)谷村さんと言えば、言葉選びも獨特です。たとえば、今回の「スキタイの歌」もそうですが、「サライ」「マカリイ」「ラパン」「コラソン」「バサラ」など、それまで聞いたことのない言葉もたくさん出てきますが、それらは意識して使われているのですか?
いや、その時に浮かんできたものですね。とにかく好奇心が強くて、いろんなことを學びたい人なんで、その時に出てきた言葉をそのまま使っています。
Q)「」も「群青」も、最近では「さようならば」などもそうですが、歌詞を、時、文語調で書かれていますが、それらは意識して文語調で書かれているのですか?
はい、意識して文語體で書いています。そのころの時代感を思いだして欲しい時には、あえて文語體で書いたりします。日本語って、実はものすごく表現のバリエーションがあるんですよね。英語だと「I」ですけど、日本語だと「ぼく」と言うか、「わたし」と言うか、「オレ」と言うか、「われ」と言うかで、詞の質感が全く変わってきますからね。それは、その曲をどうしたいかってことにつながっていて、その基準で選びますね。
Q)アリス時代も含めてですが、谷村さんの書かれる詞には、ラブソングが比較的少なく、むしろ、明日への希望というか、勇気や元気を與えてくれるような內容の詞が多いように感じていますが…。
いや、それは、聴き手の人の捉え方だと思いますよ。僕は全部ラブソングだと思って書いているんです。
Q)たしかに、そういう広義で言えば、全てラブソングだと思いますが、しかし、いわゆる「戀愛ソング」というような歌詞は、少ないように思います。
ベタベタのラブソングってことですね(笑)。そうですね、それは、あんまり書かないですね。それは、みんなが書いているので、べつに、僕は書かなくてもいいかなって思ってます。そういう世界は溢れてますからね。
Q)おそらく、邦楽の歌詞の8~9割は、いわゆる「戀愛のラブソング」だと思うのですが、そんな中で、歌詞という點では、谷村さんはとても異質な感じがします。
そうですね。異質だと思います。だから、別に、そこを僕がやる必要はないんですよね。何か違った愛の表現があるということを、自分はしたいなと思っています。

Q)それは、アリス時代からそうですか?
そうですね、昔からそうです。もちろん、最初、高校生のころ、作り始めた時には、ベタベタなラブソングしか書けなかったですけどね(笑)。
Q)アリス時代の歌、たとえば、「さらば青春の時」や「さよなら昨日までの悲しい思い出」などの根底に流れるメッセージみたいなものは、ずっと今も変わらず続いているように感じます。
そうですね。その場しのぎの音楽には、あまり興味がないんじゃないかな。10年くらい経って、何か感じてくれればいいって、いつも思っているんです。だから、だいたい「早すぎる!」っていつも言われるんですよ。それは、曲に限ったことだけじゃなくて、アジアに動き出すにしても、1984年から動き始めて、やっぱり20年以上たって、今やっとみんなアジアって言い始めましたからね。
Q)そうですよね。1981年に北京でコンサートをやっているということは、今考えると大変なことです!
そうですよね。まだ、みんな人民服を著ていましたからね。鄧小平さんだったですし…。まあ、そんな時代でした。
Q)鄧小平さんにもお會いになられたのですね?
はい、目の前にいらっしゃいました(笑)。
Q)これまで、40年以上歌詞を書かれているわけですが、その中で、変わらないこともあれば、変わってきたこともあるかと思いますが…?
いや、ないですね。歌詞って思っていないですから。やっぱり、「歌詞」じゃなくて「詩」にしたいですね。文字だけ読んでも、ちゃんと詩になっている…。つまり、メロディが付いていないと成立しない詞はイヤなんですよ。だから、歌詞だけを見ても、ちゃんと伝わるものがあるっていう風にしたいんです。
Q)なるほど、たしかに、ちゃんとそうなっていますね。そう言われると、また見方が変わってきますね。
歌詞を書いている人は、メロディに合わせているんです。でも、僕の場合、どちらにも合わせているものでなくて、同時に出來ているものですから、どっちかと言うと「詩」だと思いますね。「音が一緒に鳴っている詩」ですかね。
Q)「その音程で語られている詩」ということですね。
いちおう、目で確認するために歌詞カードっていうのはありますけど、本當は、耳で音だけで感じてもらうもので、やっぱり、「目を閉じて聴けば、ちゃんと風景が見えるものを書きたい」って、いつも思っていますね。
Q)これまで、他の方が書かれた歌詞で、「すごいな!」と思われたことはありますか?
あえて、アーティストとして、今でも「コイツはスゴイな」と思っているのは、陽水(井上陽水)ですね。彼も、詞も曲も自分で書く人だし、やり方というか、作品の出來方が自分とすごく似ているのがわかるんですよね。似た匂いでわかるんです。
Q)陽水さんも、そう思われているんでしょうかね?
どうでしょうねぇ、そんなこと話した事もないですからね(笑)。
Q)たしかに、陽水さんも、「なんだかよく理解できない…だけどいい」という歌が多いですね。
やっぱり、陽水のワールドがありますからね。絵畫のような世界ですよね。彼の場合、時、抽象畫になりますけどね(笑)。でも、それが陽水のワールドですよね。やっぱり、スゴイですよ。アーティストとして個人的にも好きな人です。

Q)最近、プライベートでは、どんな音楽を聴かれていますか?
僕は、一切、聴かない。自分のオリジナルを作るのに必要なことは、音楽以外の全てなんです。何かを聴くと、何かのようになってしまうんですよ。だから、一切、聴かないですね。
Q)ということは、むしろ、聴かないようにしているのですか?
と言うか、自分の中では、それが自然なことなんです。家の中でも音楽は流れていないですし。でも、だから、ポンとスタジオに入った時に、音がすごく新鮮に聴こえるんですよ。「スゴイいいね!今の音!」って、よく言ったりしていますよ、単なる普通のAm(Aマイナー)コードだったりするんですけどね(笑)。それが、普段から音の中にいると、感覚より先に、理屈をこねてしまうんですよ。
Q)その新鮮に感じる感覚を麻痺させないようにしている感じですか?
いや、そういうことでもなく、やっぱり、それが自然なことなんです。聴きたくなったら、それが自分で作る時かなと思っているんですけどね。
Q)ご自身が聴きたい音楽を作る?
そうですね。やっぱり、自分が聴きたいと思うものを作りたいですよね。
Q)とは言っても、街には音楽が溢れていますし、ジョイントコンサートなどで、他のアーティストの方の音楽を聴くこともあるかと思いますが?
それは、その都度、聴いた時に「あの曲いいね~」って言ったりしますよ。でも、家に帰って、あらためてCDを聴いたりとかは一切しない。でも、だから、誰かのライブを見に行った時にも、音が新鮮なんです。
Q)いいなと思われた歌手っていますか?
いいと思ったのはスティングですね。
Q)ところで、最近、楽しい時間って、どういう時ですか?
學んでいる時間ですね。
Q)常に學びなんですね。
というかね、何も知らないことに気付くんですよ。それと、「學ぶ」って言ってしまうと、何か難しくなってしまうんですけど、「知る喜び」と言うか、いままで知らなかったことを知るとか気付くってことは、人生の中でも最大の喜びかもしれないと思いますね。本當に知りたいなと思ったら、學ぶ方法はいっぱいありますよ。僕を含めて、みんな知ってるつもりになっていることだらけで、たとえば、この國は、なぜ「にほん」と「にっぽん」という2つの名前があるんでしょう?ってね。そんなこと、普段は誰も真剣に考えないんですよ。でも、海外に行って「日本てどんな國ですか?」って聞かれた時に、意外と答えられないんです。むしろ、海外の人の方が、日本のことをよく學んでいたりするんです。日本人が日本を知るってことが、今の時代、大事なことになってきていると思いますよ。
Q)今、何か欲しいものってありますか?
ないです。物欲はもともとないんで。
Q)ものじゃなければ?
ないですね。瞬間、瞬間、いつも満足していますね。
Q)それでは、最近、困っていることとか、悩みとかはありますか?
それも、あんまりないですね。
Q)毎日が、とても幸せなんですね
そうですね、目いっぱいやっていますから、毎日充実していますよ。
Q)音楽以外に何かやってみたいことはありますか?
學ぶということが、音楽以外のことなんです。たとえば、ゴルフに行きたいとか、そういうのって全然興味ないんです。いろんなスポーツもやってきましたけど、何かを知るっていう興奮とは比べものにならないですね。今やっていることが一番興奮しますよ。
Q)これまで、ずっとそうだったのですか?
いや、そうじゃないですね。上海の學校に行く直前からです。
Q)何かきっかけがあったのですか?
上海に行く前、2002年に、事務所もたたんで、スケジュールを全て白紙にしたんです。リセットですね。
Q)上海に行くためにですか?
いや、上海に行くためではなくて、その前、まだ何も決まっていない時です。スケジュールを真っ白にした直後に、上海の學校から來て欲しいって言われたんです。
Q)なぜ、事務所までたたんで、全てを白紙にされたのですか?
體調を崩した時に、カミさんから「公演で歌って旅をするだけが、パパの生き方じゃないかもしれないね…」って言われた一言がきっかけだったんです。體調は、それを知らせているのかもしれないって思いましたね。それで、次の年に1年かけて事務所をたたんで、いろんなところに挨拶もして、スケジュールも真っ白にしましたね。だから、収入ゼロでしたよ。
Q)勇気のいることだと思いますが、不安はなかったのですか?
人間、からっぽになって生きていくってことって、なかなかないじゃないですか。何かセーフティなことを必ず考えますよね。貯蓄したりとかなんとかね。だから、からっぽになったら「やばい!」って思うかなと思っていて、実はそれが楽しみだったんですよ。でも、「やばい!」って思わなかったんですよ。逆に「なんでもやれちゃうんだ!」って思いましたね。その時に、「すごく勉強したい」って思いました。
Q)リセットされてから変わられたのですね?
はい。そうしたから、いろんなことを教えてもらえたと思っていますね。事務所をたたんで、カミさんが「4年間は學ぶ年にすれば?」って言ってくれていた矢先に、これがまた不思議なタイミングで、上海から話が來たんですよ。それで、その時に、上海の學生たちに「日本てどんな國ですか?」って聞かれた時に、何も答えられない自分がいたんです。それで「學ぼう!」と思って、そこから始まったんです。もう、かれこれ8年くらいになりますかね。その間、ものすごいスピードで、ものすごい沢山のことを學びましたね。いろんな人がサポートしてくれて、感謝しています。
Q) 古くは「いい日旅立ち」を山口百恵さんが歌われたりしていますが、今、楽曲を提供したい方はいますか?
そういうのって「縁」なんですよね。縁があれば、楽曲を提供することもあると思います。でもそれは、自然とそうなるもので、無理にしかけたりはしないです。僕は、ビジネスとして音楽をしてきたわけじゃないですから。
Q) ビジネスとしての意識は持たれてないのですか?
全くないです。今、ビジネスとして音楽しているのが當たり前の世界になっていますけど、僕は、そういう風に思ったことは1回もないです。アリスでブレイクして長者番付に載った時も、記者の方にいろいろ聞かれましたけど、自分としては、結果としてそうなっただけで、別に目指していたわけじゃないんです。みなさん、あまり信用はしてくれなかったですけどね(笑)。でも、40年間そうやって続けていると、信じてくれる人もわりといるんじゃないかなと思いますけど。
Q) 逆に、ビジネスに徹して音楽を作って成功されている方もいらっしゃいますが、そういう方のことは、どう思われますか?
それは、その人の選んだ生き方だから、それでいいと思いますけど、僕は全く興味ないです。だから、ビジネス的に誰かに歌って欲しいということなんかもないんです。「縁」があれば、やることもあるだろうと思います。
Q) 自然の流れにまかせてということですね?
そうです。たとえば、ひとつの歌を作った時に、その歌を歌える人と歌えない人がいるんですよ。「技量的に」ってことではなくて、その歌を歌ったら、その人がダメになっちゃうってこともあるんです。歌うことになる時には、そういう「縁」がちゃんとできてくるんですよ。でないと、ビジネスになっちゃう。だから、ビジネスに徹して音楽をやられている人とは、あまり話が合わないです(笑)。いちおう合わせてはいますけど…(笑)。
Q) その「縁」とか「自然の流れにまかせて」というのは、普段からの谷村さんの生き方みたいなものでもあるのでしょうか?
そうです。それが生き方ですね。
Q) そういう「音楽を一切ビジネスとして考えていない」ということをお聞きすると、ファインアーティストというか、商業的でない純粋芸術家というか、「本當のアーティスト」という気がしますね。
いや、わかんないです。ただ、自分はそうなんですよね。
Q) 2003年からは、中國政府から依頼されて、上海音楽學院・現代音楽部の常任教授になられ、現在は名譽教授として、実際、曲づくりの授業をされているそうですが、具體的には、どんなことを教えていらっしゃるのですか?
音楽以外のことですね(笑)。だいたい、音大ってクラッシックじゃないですか。歴史とか理論とかを學んでいるわけですけど、オリジナルを作る時には、実はそれ以外のことが大事なんですね。だから、まず「自分の言葉を書いてみよう」ってところから始めています。
Q) 學生さんは、驚かれるんじゃないですか?
うん。目が點になっています(笑)。その上海の學生たちは、先生が何をしようとしているのか、1年間くらいはわからないみたいですね。でも、2年目くらいからは、「実はすごいことだ!」って段わかってくるみたいですよ。
Q) ある意味、意識改革ですね。
そうですね。自転車を、スポーク1本から作り始めて、ゴム、ペダルと作り上げてゆく作業なんです。1年くらいかけて自転車を組み立てられるようになると、もし、その自転車がサビてきても、自分で磨くようになるんですよ。そこらにある自転車に勝手に乗ったりはしない。その意識って、実はとても大事なんです。著作権とかってことに関してもね。そういうことは、一番時間がかかることなんですけど、一番大事なことなんです。「どれだけ心をこめて自転車を組み立てているか」ということをわかることが、すごく大事で、そうすると、自転車に対する思い入れも変わるし、勝手に人の自転車に乗ったりはしなくなると思うんです。
Q) 2007年からは、「ココロの學校」というトーク&ライブ・イベントキャラバンを続けていらっしゃいますが、一言で言って、どんなイベントですか?
「大事なことを、音に包まれて思い出す時間」ですね。
Q) どんなきっかけで始められたのですか?
上海で4年間授業をしていた時、日本の人にも聞かせてあげたいような話がいっぱいあったんですね。でも、學校を作るのは大変なんで、こっちから行く移動教室にしちゃおうってことで、スタートしたんです。
Q) どんな內容のイベントなんですか?
音に包まれながら、音や音楽に関する大切な話をします。そして、音に包まれて、地元の子供たちと一緒に歌ったりしていると、終わったあと子供たちはみんな興奮しています。「楽しかったぁ~!」ってね。「音楽の先生が谷村さんだったら、もっと楽しいのになぁ…」とか言ってくれると、やっぱり嬉しいですよね。大人も、いろんなことを思い出すんですよ。先生たちの方が興奮してたりもしますからね(笑)。「え~、音ってそんな秘密があったんですか!」ってね。。「ココロの學校」は、僕のライフワークです。
Q) 今後、どんな音楽活動をしてゆきたいですか?
やりたいことは、もうやり始めています。あと、「ココロの學校」と一緒に並行してやり続けているのは、「ネイチャーライブ」ですね。神社仏閣で、生の音だけで音を響かせるっていうライブです。
Q) 素晴らしいですね!
そうですね。昔は、神社って、子供の聲がいっぱい聞こえてたんです。遊び場になっていてね。でも、今は、格式が高くなりすぎて、子供がいないんです。本來は、子供の聲が溢れて、子供が歌っていないといけない場所だし、音が鳴っていないといけない場所なんですよ。神社でもお寺でも、音楽のない宗教ってないでしょ。必ず音がそこにあって、ビジネスミュージックとは違うものがあるんです。だから、そういう音楽をちゃんと伝えられればいいなと思っています。そういう作品を作っていきたいなとも思っています。
Q) 最後に…、「セイ!ヤング」をやられていた頃のご自身を、今振り返ってみて、どう思われますか?
いやぁ、聴いてくれた人達にとっては面白かっただろうなって思いますよ。まず僕が楽しんでいましたからね。1回も仕事だと思ったことがないんです。今やっていることも、仕事だって感覚は一切ないですよ。趣味でしょうか(笑)。生き方自體がそうなのでしょうね。
Q) そうやって生きゆくことって、とても難しいことですし、そう言える人も少ないと思いますが…。
うん、それは、やっぱりスタッフとか周りの人に恵まれていると思います。それを、良しとしてくれるスタッフたちがいてくれるから続けられることだと思っています。そういう人たちとつながれた「縁」に感謝ですね。
2011年8月、取材・文:西山 寧)




中文來源:tanimuracn.com
在谷村的官網上看到了他接受uta-net網站採訪的消息,特意找來文字版,請熱心的SALLY幫忙翻譯,先期推出前半部份訪談。

Q)アリスから40周年、ソロ活動を開始して30周年となりますが、今回のアルバム「今 伝えたい」は、200名のお客さんをライブハウスに招待しての公開ライブレコーディングという形で録音されましたが
え~、「ライブレコーディング」ではなくて、「レコーディングライブ」なんです。「ライブレコーディング」はみんなやってますけど、今回、「ライブを録音するのではなく」「レコーディングをライブ狀態で」行ったんです。レコーディングをしている空気の中にお客さんがいる、という狀態で録りたかったんです。
1、主持:從ALICE到現在40周年過去了,您自己單飛也有30年了,這次的唱片《今 伝えたい》你在錄音室裏(live house)邀請了200多位賓客,以公開的形式作的現場錄音?
谷村:嗯,那並不能算是公開的錄音吧。所謂公開的錄音應該是大家一起參與互動的。但是,這次也只能說是錄音室是開放的更貼切,就是在做錄音時有嘉賓在的一個親切場面吧。
Q)どうして、そうしようと思われたのですか?
お客さんの空気感ごと、音に乗せたかったんです。普通のレコーディングだと、ブースの中で一人で歌うことが多いんですけど、そうではなくて、みんなの空気の中で歌って、それを録りたかったんです。歌う人って、実は、一人で歌っている時とか、リハーサルで聲を出している時と、本番の聲とでは、実は全く違うんですよ。聴いている人の想いが聲にのっかるからなんです。それを僕らは「聲魂(こえだま)」と言ってるんですけど、聲魂ごと録音したかったんです。
2、主持:為什麼想著那樣做呢?
谷村:隨著音樂的響起,現場嘉賓的那份親切感覺很好。平常的錄音,大多都是在一個人在一個小小的錄音棚裏唱。但是,這次不一樣,試著在開放式的空間裏唱感受那份氣氛。作為一個歌手,實際上,不管是一個人獨自在唱,還是在彩排時的表演,和現場演出時的音效是有差別的。把聽眾的感受用聲音表達出來,我把這個聲音定義為聲魂。我自己也希望製作聲魂那樣的錄音。
Q)やりなおしのきかない一発勝負ですから、體調管理とか大変だったのでしゃないですか?
いえいえ、全然、大丈夫ですよ。人それぞれだと思うんですけど、僕は一切ナーバスにはならないですね。お酒も飲む時は、平気でのむしね(笑)。
3、主持:因為是勝敗在些一舉,有沒有緊張感而導致身體狀況出現不良嗎?
谷村:沒有,我覺得自己還好。可能大家都會那樣想吧,但是,我認為我的精神狀態不錯,沒有過度的精神緊張。我在喝酒時也不忘享受那份悠然自得樂趣。
Q)レコーディングは、アルバムに収録されている曲順どおりに録音されたそうですが、録り直しとかされたりしたのですか?
1曲だけ、イントロで止めて、「もう1回やろう!」って最初から録り直した曲がありましたけど、あとは全曲、1回で録ってます。3時間半で13曲、録りました。
4、主持:對於錄音,專輯裏收錄的曲目按順序逐一錄製的,都沒有要重錄的嗎?
谷村:只有一個,在前奏的時候,要求重錄了一次,後來的全部都是1次錄完的,13首曲花了3個半小時錄製。
Q)すごいですね。ミュージシャンの方も、「ミスしちゃいけない」とプレッシャーがかかったでしょうね?
そう。とくに録り直した曲なんかは、餘計にプレッシャーがかかりますよね(笑)。でも、そのプレッシャーの中で一番いい音を出せるのがプロの世界ですからね。レコーディングでいい音を出せるっていうのは、実は當たり前のことで、ライブの本番の空気の中で、いかにクオリティの高い音を出せるかっていうのが、ミュージシャンたちにとっては一番プレッシャーでしょうね。とくに、今回は、誰かが1音まちがえただけで、止まっちゃいますからね(笑)。
5、主持:真的是個驚喜。音樂家們都是以不可以失誤這種嚴肅態度要求自己的吧?
谷村:嗯,特別是重錄的一些歌曲,要求更加嚴格呢。但是,在自我嚴格要求下,必然對聲音的完美追求有好的效果,錄音就是追求更加完美的聲音,這是理所當然的事情。在現場錄音裏,怎麼樣才能出更高品質的人讓陶醉的更好的聲音呢,這是所有音樂人最有挑戰的事,最具壓力的事。特別,在今次,誰稍幾至不慎搞錯了一個音,就前功盡棄了。(笑)
Q)たしかに、全ての音が太くて立っていて、あたたか味があり、奧行き感もあって、今の時代では新鮮にさえ聴こえる、とてもいい音で録音されている気がしました。
音は、かなりアナログに近いんです。デジタルで録っているんだけど、出てきてる音はアナログの音をしてるんですよね。レコード針を落とした時に、最初にノイズが出て、そのあとに「ボン」と音がでてくる、その空気感に近いんですよ。
6、主持:確實是這樣的。聲音很純厚,充滿親切感,而且還很有深度。在現在的這個時代裏聽到別具一格的歌聲,深感您是費了不少心力去準備的。
谷村:用光纖方式錄出來的音質好像是用類比方式錄出來的。而且,在錄音的時候,刻錄針放下來刻錄的時候,最初有噪音產生然後有“bon”的一聲響,像空氣的聲音似的。
Q)いや、本當に、黙って聴かされたら、誰も1回で録っているなんて思わないですよ。
そうだと思います。でも、みんなプロだから、プロとしていい演奏だけを聴かせるのではなくて、テンションの高まりとか、そういうのも取り込みたいと思ってたんです。
7、主持:嗯,真的。靜靜的聽,誰也不會想到這是一次通過的錄音呢
谷村:嗯。但是,因為大家都是專業的音樂製作人,在音樂製作上不僅僅是要展示好的演奏給大家聽,對於張力希望也能獲得提升。


Q)そうですね、11曲目の「浪漫鉄道 <蹉跌篇>」などは、まさに、コンサートの終盤に聴きたいような曲で、谷村さんのボーカルも、まさにコンサート終盤の高まりのようなものもあって、感動的な感じになっています。

そうだと思いますよ。だから、コンサートで後半にヒートアップしてゆくという流れ、そのままに録りたかったんです。今のスタジオレコーディングでは出ない感じで録れていると思いますよ。

8、主持:嗯,第11首歌曲 “浪漫鐵道”(挫折篇)是排在專輯的最後部分了,的確,在演奏接近尾聲深情演繹的歌曲。谷村先生演奏會越接近尾聲,情感演繹越高漲,真的非常感動。谷村:嗯,因此,在音樂會的後半段隨氣氛的高漲,想著希望繼續演奏下去。現在錄出來的效果沒有出現studio-recording那種感覺。

Q)本當に、あとからスタジオでなおしたり、楽器を差し替えたり、オーバーダビングで足したりとかはしていないのですか?
一切、していないですよ。ミックスダウンでの処理はしていますが、まさに正真正銘の一発録りですよ。だから、ライブも、このクオリティでやってることになるんです。
9、主持:嗯,也就是說在原聲帶上是沒有作studio修改,或者調換樂器合成複製的?
谷村:沒有,真的沒有。混音處理是有的。但是,真是地地道道的一次過實況錄製的。所以,做實況錄音也力求達到這種音質。

Q)普段からも、レコーディングでボーカルを直したりはしないんですか?
僕は、そういうことは、一切やりませんね。今は、ボーカルのピッチ(音程)も、機械的に直せますけど、ピッチをさわりすぎたり、ブレスを削ってしまったりして不自然になったりしますよね。最近は、レコーディングではよくても、ライブでは、あまり歌えないって人もいますからね(笑)。もう、延とピッチをあげたり下げたりしている人もいて、「歌いなおした方が早いでしょ!」って思いますね。
10、主持:從整體上來說,在錄音上糾改是沒有的對嗎?
谷村:對於我來說是那樣的。什麼都沒作修改。現在聲樂的高音部份也能通過機械弄好,但是,如果高音過高變成了噪音,氣息局促變得很不自然吧。最近,錄音時可以唱的很好,但是碰到上現場表演,就變的不怎麼會唱歌的人也有。(笑)時而高音就是時而低音的人也有。認為還是提前預錄的比較好。

Q)そうですね。音程もリズムも、必ずしも全てジャストで正確なのが気持ちいいとは限らないですね。
そうなんです。人間は、微妙なところというのが、実はすごく気持ちよかったりするんですよ。だから、ジャストピッチより上めに入ると気持悪いんですけど、ちょっと下めは大丈夫なんです。むしろ、その方が聴いていて心地いいこともあるんです。
11、主持:嗯,不管是音程還是節奏,全部正確的未必就見得讓人聽的心情特別舒暢
谷村: 嗯。人類的感覺是微妙的,自己心中有一個尺度。事實是還是追求完美的東西。因此,與標準的音高相比,往高就覺得聽著不舒服,但是,稍微往低點心裏又覺得沒什麼了。其實說來說去就是人自己的感覺的東西。

Q)CD付屬のドキュメントDVDを見ていると、1曲やったあとにプレイバックをして聴きなおしたりはしていないようですが、そのテイクがOKかどうかのジャッジは、ご自身でされなくて大丈夫だったのですか?
イヤモニ(※)で聴いているので、自分の歌は、歌っている最中にOKかどうかはわかっているので、大丈夫なんです。自分の中で「さっきのところのピッチどうかなぁ」と思うことがあっても、微妙な音程とかって、演奏の中に入っていって混じってしまうと、マスキングされて問題なくつながるんですよね。僕の方は、ピッチをしっかりとれるように、どちらかと言うと、イヤモニでは演奏と混じらないようにしているので、1曲演奏が終わるごとに、ミックスされた音を聴いているディレクターに「今のどう?」って目で聞いて、OKって出されれば、それでOKなんです。ディレクターも、僕がどこの箇所を聞いているのかもわかっていますからね。
12、主持:看到CD裏附有的DVD,一曲完後,重播聽聽真的沒有修改,判斷take好不好, 您自己不作評判沒關係嗎?
谷村:因為用了監聽耳機,自己唱的歌,唱得時候好不好自己是可以判斷出來的。在自己的心裏剛才的那個音怎麼呢?疑問也是有的。因為在演奏裏是有各種樂器組合的,整體上問題沒有關聯的。我戴著耳機只能判斷我自己的那部份。如果哪位說了什麼,由於戴有監聽耳機,不混雜在演奏聲中。1曲演奏完了,聽混聲與監督對目示意,如果打出OK的手勢,就通過了。監督聽了如果感覺我哪里不太好也是明白的。